船長紹介

 

2014年に釣り好きが高じて奄美大島南部に移住。現在、本業は林業、週末は遊漁船業と海と山の二足のわらじを履いています。 家族は妻とダックスフンドとブタ猫    

なぜ、今このような生活をしているのか?これまでの私の経歴をご紹介します。

昭和50年、中国地方の地方都市、広島市近郊の農村地域で生まれる。

幸福だった少年時代

幼少期は自然大好きな少年で、川と山を駆け巡る生活を満喫。

近くの小川で、パンやミミズでオイカワ、ウグイ、ブルーキル等を釣ったり、ザリガニやモクズガニを獲ったりして遊んでいました。私が小学生くらいの頃までは自然もまだ残っており、家の隣の小川で毎年蛍を鑑賞したりできたのですが、田舎特有の公共事業により川はどんどん三面護岸のコンクリートで固められていき、蛍も魚もいなくなってしまいました。

年末年始に故郷に帰省し、生まれ育った場所を見に行った 奄美大島でも更なる自然破壊の危機が!

そうして外で遊ぶことがだんだん楽しくなくなっていきました。

中学、高校と地元の普通の公立高校に通い、大学も地元の大学に進学

大学に入ってからはあまり勉強もしなくなり、合コン三昧なチャラい日々を送ります。

就職氷河期なのに真面目に就職活動もしなかったので、結局、最初に内定のでた地元の企業に就職

ブラック企業に就職

これが大失敗で、典型的なブラック企業でした。

繁忙期は徹夜当たり前のくせに、残業、休日出勤代など一切でません。2年ほど我慢しましたが、このブラックな状況で一生は過ごせないなと退職を決意。

今でも、この会社はありますが、未だにブラックなんでしょうかねー?

裸一貫上京

何の当てもなく会社をやめたものの、当時の広島ではなかなかいい転職先も見つからず、裸一貫、上京を決意

渋谷からほど近い三軒茶屋に引っ越し、全く未経験の不動産業界に転職

典型的な街の不動産屋で、前職ほどブラックではないものの、給料は歩合制

稼げるときは月50万くらい稼げましたが、なにかとごりごりの営業も必要であり若いうちしかできない仕事であることを痛感

2年ほど、この不動産屋で働きながら、不動産関係の各種資格を取得し、キャリアアップ転職を目指す

一流企業に転職

運よく26歳で東証一部上場の財閥系不動産会社に転職

さすが財閥系、コンプライアンスには厳しく、初めての残業手当、休日出勤手当、有休取得等、当たり前の福利厚生に感動を覚える。

仕事も充実し、夜はクラブ、ナンパ三昧のチャラい日々を過ごす

29歳で結婚

女遊びもすっぱりやめ、子供の頃大好きだった釣りを再開

釣り再開

主に東京湾でエサでアジや鯛を釣ったり、ジギングでシーバスや太刀魚といった釣りを楽しむ。奥多摩や神奈川の渓流でフライフィッシングを始める

30代半ばごろから、会社の里山再生ボランティアに参加するなど、アウトドアな趣味が増えていき、田舎暮らしに興味を持ち始める。当時は今ほど一般的に知られていなかったセミリタイヤにあこがれ始める。

うつ病発症

37歳で課長に昇格するも、上司と部下、クライアントと社内、そういった典型的な中間管理職の板挟みに精神を蝕まれ、うつ病発症

降格し、営業最前線から社内の間接部署へ異動

なんとかうつ病からは回復するものの、仕事への情熱を失う

セミリタイヤというよりは今でいうダウンシフトな生活を求め、田舎への移住を本格的に考え始める

2年くらい、日本各地の田舎や離島を旅行がてら見て回り、奄美大島南部に移住することを決意

離島移住

2014年、39歳で奄美大島に移住

住んでいた集落の知人の紹介で林業団体に就職、平日は山、休日は海と奄美大島の大自然を満喫し、釣りに一層のめり込む日々を送る

2020年、この五年間で開拓した釣りのポイントを元に、副業で週末遊漁船を開業

今に至る。

移住前に求めていたダウンシフトな生活はなんとか実現できています。

ダウンシフト(en:Downshifting)とは、生活様式に関する社会的な潮流・傾向の一つである。過度な出世競争や長時間労働、物質主義的、唯物的な生活環境を日常から排し、よりゆとりのあるストレスの少ない生活に切り替える生活態度の劇的な変化を指し、また、そうした生活態度は減速生活と言われる。  wikiより引用

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これからはダウンシフトから更にセミリタイヤの実現に向け、釣りだけでなくそういった情報発信もやっていこうと思ってます。